横振りの由来
横振(よこぶり)刺繍とは手振(てぶり)刺繍とも呼ばれ、大正時代から続く伝統技法です。
西洋のミシンは1750年頃にイギリスで考案され、1851年にアイザック・シンガーによって実用化されたといわれています。シンガー名は現在も性能の高いミシンとして有名ですね。
一方、日本での普及は1854年に黒船に乗って来航したペリーから徳川将軍家に贈られたのが始まりらしいです。その数年後にジョン万次郎もアメリカから持ち帰ったとの記録があります。開国の志士たちの先見の明には驚くばかりですが、きっと「この道具は日本人と相性が合う」と確信を持ったからこそ、あの嵩張る重い鉄の塊をわざわざ船に積み込んだのでは・・・・・・という気がしてなりません。
シンガー足踏み式ミシン☆レトロで素敵~wikiより
日本人は気質的に「改良」が得意な民族と言われます。車や飛行機と同じように、伝来して数十年という短い期間で新機能モデルである横振ミシンを誕生させたのです。その後の繊維産業の隆盛は言うまでもなく、手先の器用さ、集中力、完璧に成し遂げる能力は、日本を先進国へと押し上げました。
トップページの動画をご覧いただくと、針先が左右に細かく動いいているのがお判りになるかと思います。それが横振りという名前の由来です。家庭用のミシンは針が上下に動き、布地を手前から奥に進ませますが、横振りミシンでは布を縦横斜めと自由に動かし、好きなモチーフを描くように刺すことができます。それに加え、ミシン台の下に取り付けられたレバーを膝で押し広げる操作を絶妙に組み合わせて、押し広げる深さに伴って針の振れ幅も広くなったり狭くなったりします。その結果、細い太いが入り混じるキメの細かな縫い目が完成するというわけです。
※横振ミシンには様々な種類があるので、あくまで当アトリエで使っているミシンの特徴ということでご了承ください。
動力レバーを足の平で踏み、もう1つの調整レバーを右膝で押しながら、同時に布をグルグル動かすという全身を使った非常に高度なテクニックです。技術の取得には数十年かかると言われます。もちろん当アトリエの技術者も50年のキャリアであり神業の持ち主です。習い始めの頃は何度も指を縫ってしまったとか(汗)
また仕上がりですが、縫い目の上に重ねて縫うことができるので、モチーフに厚みがでます。横振刺繍が「絵画刺繍」といわれるゆえんです。絵に例えるなら、陰影のある油絵や濃淡を出せる水墨画や水彩画といったところでしょうか。立体感はダイナミックさと相まって、とても美しい柄が完成します。
横振刺繍☆フリーハンドで縫い描いたもの(図案は登録申請中)
ワッペンやネーム入れを手掛ける刺繍屋さんの中でも、横振ミシンを使ってフリーハンドで製造もしくは試作を手掛けるお店は激減しているようです。現在はコンピューター化され、エンブレムやチームワッペンといった精密なネーム刺繍が主流となりました。余談ですが、個性を強烈なまでに表すエンブレムに私はかなり思い入れがあり、海外に行くと街角の小さなショップから行政機関に至るまで、とてもセンスの良いワッペンや看板を見かけて本当にワクワクしてしまいます。とくに90年代にデビューしたクラブジャズシーンのジャミロクワイが使っていたメディシンマンのワッペンは私の心に強烈に刻まれ、多少フェラーリとかぶる色目ではありますが(笑)、ああ~なんてカッコいいんだろう!と溜息が出たものです。こんなふうに人の心にインパクトを与える不思議な魅力を纏うのが刺繍の良い所だと思います。
コンピューター刺繍☆表面は平らで精密~
話を戻して。
横振刺繍のモチーフは、技術士の頭の中のイメージを絵を描くように縫う手法であり、同じ図案でも配置や大きさを巧みに変化させて縫い上げることから、ワッペン刺繍とは一味違ったテイストを醸し出します。
日本で開発されたこの素晴らしい技が、横振ミシンの生産終了と老朽化、さらに技術者の高齢化と継承者不在によって絶滅の危機に瀕しています。当アトリエの横振ミシンは祖母の形見としてまだ動いてくれていて、このミシンが元気よく音を立ててくれるかぎり製品を作り続けようとの思いに至った経緯です。ご近所の小さな注文のみを受けていましたが、この技術を広く知ってもらおうと、最新ファッションに取り入れていく方向で製作を再スタートさせました。幸い、この刺繍を知ってくださっているファンの方々や海外の方からもお声がかかるようになり、年老いたミシンを労わりながら心を込めて製作を行っています。
世界に1点だけの刺繍ワードローブとして多くの方に親しんで頂けるよう、オーダーメイド品と同等のサンプル品の販売を行います。オーダー価格より大幅にお安いお値段となっておりますのでぜひ一度手に取っていただけたらと思っています。